特養にお世話になっている母。
先日、その特養から母がほとんど食べなくなっているとの連絡を受けました。
母93才。ほとんど食べないということは・・・。
いや~、こういう連絡は早急な対応を求められているわけではないのですが気持ちは焦ります( ;∀;)
母は精神的に弱い面をもっているので、とりあえず家族で外食して母の様子を見ることにしました。
※詳細は昨日こちらに書きました。
母・オット・私の3人で特養の近くの回転寿司に行ってきました。
回転寿司はお寿司以外にサイドメニューやデザートなど種類が豊富でいいですね!(^^)
母が食べれるものが何かあるだろう・・と思いました。
特養から徒歩で5分ほどの場所なのでとても助かりました。
と、言うのも母は車いす。
昔と違い、現在は車いすの方をよく見かけるようになりました。
でも、いざ自分がその移動に関わるとなると、その不便さがあまりに多いことに驚きました。
移動手段が徒歩以外の場合、介護タクシーを呼ぶ必要もありますし、
電車などになればそういう経験の無い私にはハ-ドルが高いのです。
お天気にも大きく左右されます。
雨の中の移動は大変です。
また母のように高齢だと外出は諦めるほかありません。
今日は晴れてくれて本当に良かったです。
平日のお昼なのにお客さんは多かったですね~。
開店はAM11時からですが、5分前に着きました。
でも既にお客さんが数名待っていました。
お店は受付・人数確認・注文・会計まですべて機械でした。
そういうのに慣れていない私はその度に「すご!」と思いながら処理しました。
そんな機械的な中、テ-ブルへの移動の際、
車いすの母がいる私達のところにスタッフさんがすぐに来てくれて、
車いすのままでいけるテーブルに案内してくれました。
これには感動と感謝しました。
そして、母の食欲は!
好きな"蒸しアナ" "カニみそ" "茶碗蒸し"等々 見事食べました~(≧◇≦)
あるやん! 食欲あるやん!
やっぱり精神的なもののようです。
※一口で食べようとしていました😅
お店は1時間ほどで出ました。
12時を回っていたので、出入り口の椅子は待っている人で埋まっていました。
帰りは散歩も兼ねて遠回りして特養に帰りました。
あまり時間をかけると今度は母のトイレが心配になるので30分ほどの散歩です。
特養のスタッフさん達も私の話から少し安心してくれました。
母はとても喜んでくれました。
玄関まで私達を見送ってくれました。その顔はやはり少し寂し気でした。
外食に行ける幸せとその裏にある厳しさ
1つ「空虚感」
帰路で私は気づきました。
多分、今日のような食欲は特養での暮らしの中では出ないだろう・・・と。
原因は母の心に「空虚感」というものがあるのではないか、と思ったからです。
母の場合
私達と楽しい時間を過ごすことで、心が満たされたけれど、
私達が帰った後は、その満足感が消え去り更に空虚感が普段より増してしまうのでは、
と思いました。
93才になった母に気持ちの持ちようを解くのは無理です。
出来ることは私達家族が少しでも時間を見つけて母に会いにいく、話をする。
そういうことだと思います。
それも特養が近くにあり、時間もあれば可能ですが、
場所が遠い、時間に余裕がないとこれもなかなか難しいところです。
2つ「金銭面」
特養は費用があまりかからないというイメージがありますが、これは違います。
収入によって、年齢によって、費用が変わります。
その中で見落とされるのが「生活に必要な実費」です。
母の場合
特養費用の基本「介護費+食費+居住費」です。
特養が立替ている費用「往診(内科、歯科、眼科)・薬代・嗜好品・訪問ヘアーカット」などが含まれます。
そのほかに私が直接払っている母の携帯代・被服代などがあります。
母の年金で支払っているのは基本費用+立替分で月14万円ほどです。
それ以外は私が賄っている費用は月2万円ほどです。
この金額は一般庶民の私には厳しい現実です。
ただ、賄えるだけ幸せなのかもしれないとも思えます。
そして、今回、外食の提案はとても嬉しいご提案ですが、家庭によっては難しい提案だったかもしれないと思いました。
そして、外食などはまだ可愛いもので、
母が入院するということになると、特養の費用+病院での入院費用が必要になります。
これは貯えがない場合、めちゃめちゃ厳しいことになります。
まぁ、厳しいことばかり書いてしまいましたが、
子供がしてあげたいとの思いがあっても出来ることと、出来ないことがあるということを身をもってわかりました。
シニアの域にある私達がもっと高齢になった時に、この経験を忘れてはいけないと思いました。